大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)3683号 判決
第一 実用新案権に基づく請求
一 請求原因1(原告が本件実用新案権を有すること)、同2(本件考案の構成要件を分説すると原告主張のA、B、Cとなること)、同4(被告がイ号製品を業として製造販売していること)、同5(イ号製品の構成を分説すると原告主張のA´、B´、C´となること)の各事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、イ号製品が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて、以下検討する。
1 前記争いのない事実からすると、イ号製品の構成B´、C´がそれぞれ本件考案の構成要件B、Cを充足することは明らかであるので、イ号製品の構成A´が本件考案の構成要件Aを充足するかが争点となるが、さらに、右構成Aと構成要件Aとを対比すると、両者の目盛欄の配記位置についてはほぼ同じであるので、両者の杆柱の横断面形状の異同、その評価が残された問題点である、ということができる。
2 前記争いのない実用新案登録請求の範囲(クレーム)の記載と成立に争いのない甲第二号証(本件実用新案公報)により認められる本件考案の明細書の「考案の詳細な説明」欄の記載によると、本件考案の特徴は、測量柱を構成する杆柱の断面形状を楕円形状に形成し、楕円の汎面部分に目盛欄を配記した構成を採用したことにあると認められる。すなわち、
右説明欄には、先行技術の欠点と本件考案の目的について、「通常、距離間隔の測定杆、樹高巾間の測定杆など所謂測量柱は横断面型状が真円、もしくは方型の形状にて形成されているがために該杆面に目盛欄を配記する場合太細管によつて目盛の大さを変えなければならず、且つ箱尺に於ては若干の変型で伸縮作動が全く困難なる欠点を有する。本考案は叙上の欠点に鑑み、真円杆及び箱尺の長尺を充分に活用し、正確な測量を行わしめんとするを目的としているものである。」とし(本件実用新案公報1欄二一行目ないし二九行目)、本件考案は、右課題を解決するための手段として、「横断面型状を楕円形状に形成してなる杆柱の前記楕円の汎面部分に目盛欄を配記し、これを伸縮自在に嵌挿連結せしめ」る構成を採ることが明らかにされている(同公報1欄一七行目ないし一九行目)。そして、右構成のうち、杆柱の横断面形状を楕円形状としたことの効果として、「以上の如く本考案に係る測量柱は杆柱の横断面型状を略楕円形状に形成してなるものであるから従来の真円柱の如く使用中に転動する憂れいは毛頭無く、且つまた箱尺に比して操作取扱いが非常に簡便円滑であり、相当肉薄にて軽量に形成可能であると共に、特に扁平面が湾曲しているので目盛数・目盛欄が大きく視出得るは勿論、文字をも巾大に記載することができ得、杆柱全長に亘りて巾寸を同一巾に配記せしめ誤測の欠点を一挙に解決得るなど顕著な利点を有するものである。」と説明されている(同公報2欄一四行目ないし二三行目)。なお、本件考案実施の態様を例示図について説明した個所において、杆柱については、「横断面型状を略楕円形状に形成せしめた中空杆」であるとし(同公報2欄二、三行目)楕円の汎面部分に関しては、「杆面の汎面部分、即ち正面箇処は上下杆面に連続して適宜の目盛数、目盛欄2、3を配記する。」(同公報2欄六行目ないし八行目)と記載されていることが認められる。
右明細書の記載とこれに添付された図面によると、杆柱の横断面形状を楕円形状に形成し、楕円の汎面部分に目盛欄を配記した点にこそ、本件考案の特徴があるということができる。そして、楕円の汎面部分とは楕円形状の面のうち、より扁平な方の面を意味し、この扁平面は湾曲しているものと解されるところ、右構成によつて、特に、目盛数・目盛欄が大きく見うる、文字を汎面部分の幅と同じ大きさに記載しうる、杆柱の全長にわたつて文字などを同一の幅で配記しうるとの効果が生じ、誤測の欠点を一挙に解決し得たものと認められる。
そうだとすると、本件考案において杆柱の横断面形状を楕円形状に形成するという場合、楕円形状の面のうち、より扁平な方の面は湾曲した形状をなすものであり、「楕円形状」とは、曲線からなる通常の楕円形状を意味し、直線を含む形状のものを含まないと解すべきである。右のとおり解することは、幾何学上の楕円が一平面上の二定点からの距離の和が一定である点の軌跡をいうと定義され(成立に争いのない甲第一〇号証参照)、どの面も曲線からなるものであることから、楕円形状という概念も右の楕円形に類似した形状をいうものと理解されていることに符合するのである。
もつとも、成立に争いのない甲第一四号証の一・二によると、「湾曲」とは、「曲がつて弓形であること」「弓形になること」と説明する辞書があり、一方弓の形を示す資料には、つるを張る細長い棒の中央部分がほぼ直線をなす図が示されているのであるが、同時に矢をつがえ引き絞つたときに弓の細長い棒の全体が曲線を描いている写真も右資料に載せられているのであつて、右辞書の説明も、弓なりに曲がつていることを意味するものと考えられるので、右甲号各証をもつて、「扁平面が湾曲している」(本件実用新案公報2欄一九行目)とは、杆柱の横断面の一部が湾曲せず直線をなす小判形をも含む趣旨である、と解するのは相当でない。
3 一方、前記争いのない事実によると、イ号製品は、杆柱の横断面形状について、左右の各側面板を半円形の円弧とし、前面板・後面板を直線とする小判形に形成するものであつて、直線をなす前面板の表面に目盛欄を配記するものである。すなわち、目盛数などを記載すべき杆柱の汎面部分(正面箇処、同公報2欄六行目)について、本件考案ではこれが湾曲しているのに対し、イ号製品では湾曲せず直線となつている点において相違する。そして、本件考案は、汎面部分が湾曲しているので正面箇処の面積が広く、これがために前記のような効果を期待しうるものであるから、正面箇処が湾曲していないイ号製品が前記効果を有しないことは明らかである。
イ号製品の構成A´は本件考案の構成要件Aを充足しないというほかはない。
4 原告は、本件考案のクレームにいう「楕円形状」とは、楕円形若しくは楕円形に近い形であつて、杆柱の前面板及び後面板の曲率が左右側面板の曲率より小さく、全面板が段差なくなめらかに形成されているものの横断面の形をいう、と主張する。
そして、成立に争いのない甲第七号証の一・二、第八号証の一ないし六、第一二号証の一、第一三号証の一・二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第七号証の三ないし五、第九号証の一・二、第一一号証によると、イ号製品の杆柱の横断面のごとき前示小判形のものについても、これを楕円形と同義に説明しあるいは使用している場合のあること、殊に、測量柱の杆柱にも使用されると、考えられるパイプを取扱う業界において、幾何学的な楕円形状のほか前示小判形のものも楕円パイプと呼称されていることが認められる。しかし、右甲第九号証の二によると、パイプを取扱う業者の間では、相当古くから、楕円パイプを幾何学的な楕円形及びこれに近い卵型のものと、トラツク(運動場型)状のものとに分け、前者をオーバル・タイプ、後者をフラツト・タイプと区別しているのである。のみならず、物品の形状は実用新案登録を受ける考案であることの要件となりうるものであるから、本件考案のクレームにいう「楕円形状」の解釈に当つては、単に文言上のみならず技術上の点からの検討が必要であることはいうまでもない。そして、本件考案の明細書の「考案の詳細な説明」欄にある「扁平面が湾曲しているので目盛数目盛欄が大きく視出得る…」などの記載から、本件考案における杆柱の目盛数などが配記される面(扁平面、汎面部分、正面箇処)は、湾曲しているので、横断面の形状が角形・真円形・小判形のものなどに比べて面積が広く、そのためにそこに記載される「目盛数目盛欄が大きく視出得る」「文字をも巾大に記載することができ得」「杆柱全長に亘りて巾寸を同一巾に配記せしめ」ることができるとの効果を生ずるのであり、したがつて、本件考案にいう楕円形状とは、右効果をもたらす形状、すなわち正面箇処の扁平面が湾曲している楕円形を指し、角型・真円形のほか前面板及び後面板の曲率が零の小判形のものを含まないと解されるのであつて、このことは前判示のとおりである。原告のこの点に関する主張は採用できない。
三 以上のとおり、イ号製品の構成A´は本件考案の構成要件Aを充足せず、イ号製品は本件考案の技術的範囲に属しないから、被告が業としてイ号製品を製造販売することは、本件実用新案権を侵害するものではない。
第二 意匠権に基づく請求
一 請求原因1(原告が本件意匠権を有すること)、同3(被告がイ号製品を業として製造販売していること)の各事実、及びイ号意匠が別紙目録添付図面のとおりであることは当事者間に争いがない。
二 右争いのない別紙登録意匠図からすると、本件意匠の構成は次のとおりであると認められる(なお、成立に争いのない甲第四号証によると、本件意匠公報の「説明」では、「背面図は正面図と同一にあらわれる」と記載されているが、正面図を背面図として見た場合は右側面図と符合しない。このような場合、被告主張のように、意匠公報どおり厳格に解して意匠の構成を理解すべきか、原告主張のように、意匠公報を合理的に判断して全体として矛盾なく意匠の構成を理解すべきかは一個の問題であるが、差し当り本件においては、原告主張のように解して本件意匠の構成を分説しておく)。
A 横断面が順次小さくなる三本の杆柱を伸長可能に嵌挿連結せしめていること。
B 横断面形状を楕円形としていること。
C 三本の各杆柱の正面にはそれぞれ四本の横線(目盛線)が描かれていること。
前記争いのない別紙目録及び同目録添付図面からすると、イ号意匠は測量柱にかかるものであり、その構成は次のとおりであると認められる。
A´ 横断面が順次小さくなる五本の杆柱を伸長可能に嵌挿連結せしめていること。
B´ 横断面形状を小判形(左右の各側面板を半円形の円弧とし、前面板・後面板を直線としたもの)としていること。
C´ 五本の各杆柱の正面には目盛数字及び目盛を記載し、背面にはそれぞれ「<省略>」なる形状が描かれていること。
なお、本件意匠・イ号意匠の構成についての原告の主張のうち、杆柱の横断面形状に関する部分は、意匠の構成を表現するものとしては迂遠なものであつて、本件につき適切とは考えられない。
次に、本件意匠の要部について考えるに、登録意匠の要部を把握するにあたつて、当該登録意匠出願前にその分野に属する公知意匠が存した場合には、これを参酌してその要部を決定すべきものであるところ、成立に争いのない乙第二ないし第二二号証によると、測量柱(測量杆)に関しては、次の意匠が本件意匠の出願前公知であつたと認められる。
(1) 横断面が順次小さくなる三本以上の杆柱を伸長可能に嵌挿連結せしめること。
(2) 横断面形状を円形・三角形・方形などとすること。
(3) 三本以上の各杆柱の正面には目盛数字及び目盛を記載し、背面にはそれぞれ「<省略>」等の形状が描かれていること。
これら公知意匠をも考慮に入れて本件意匠を考察すると、その要部は、横断面形状を楕円形としていること(構成B)にあるものと解するのが相当である。
三 進んで、イ号意匠を本件意匠と対比するに、本件意匠の要部は前判示のとおりであり、これに対応する部分について、イ号意匠では横断面形状を小判形とする(構成B´)ものであるから、両者はこの点において相違していることが明らかである。
そして、本件意匠及びイ号意匠の対象物品である測量柱にあつては、これを見る者は、通常目盛欄・目盛数字などが配記される正面視を中心として、左右側面を視野に入れつつ、全体としての意匠的特徴を看取するものである、と認められるところ、この点を考慮に入れて両者を全体的に観察すると、本件意匠が杆柱の横断面形状を楕円形とし、そのために左右側面視を含めた正面視において丸味のある盛り上がつた形状を感知させるのに対し、イ号意匠は杆柱の横断面形状を小判形とし、そのために左右側面視を含めた正面視において平滑な直線状の形状を感知させるのである。右に指摘した点において、両者の美感も異なると評価することができる。そうだとすると、イ号意匠は本件意匠に類似しないというべきである。
原告は、測量柱(測量杆)はその平面から見るものではなくその正面から見るのが通常であり、本件意匠とイ号意匠とは周囲に角がなくなめらかであるという印象を与える点で共通している、と主張するが、前判示の本件意匠の要部とする部分において、両者は、平面ではもちろんのこと、左右側面を含んだ正面からの観察においても、相違していることを容易に看取しうるのであつて、右主張は採用の限りでない。
四 右説示のとおりであつて、被告が業としてイ号製品を製造販売することは、本件意匠権を侵害するものではない。
第三 結語
以上のとおりであつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとする。
〔編註その一〕本件における実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。
「横断面型状を楕円形状に形成してなる杆柱の前記楕円の汎面部分に目盛欄を配記し、これを伸縮自在に嵌挿連結せしめた測量柱。」
2 本件考案の構成要件は次のとおりである。
A 横断面形状を楕円形状に形成してなる杆柱の前記楕円の汎面部分に目盛欄を配記し、
B これを伸縮自在に嵌挿連結せしめた、
C 測量柱。
3 本件考案の作用効果は次のとおりである。
(1) 杆柱の横断面形状を楕円形状に形成してなるものであるから、
(イ) 従来の真円柱の如く使用中に転動する憂いは毛頭ない。
(ロ) 箱尺に比して操作取扱いが非常に簡便円滑である。
(ハ) 相当肉薄にて軽量に形成可能である。
(2) 扁平面が存在し、この扁平面が湾曲している(後方に湾曲している趣旨)ので、
(ニ) 目盛数・目盛欄を大きく見い出しうる。
(ホ) 文字を幅大に記載することができる。
(ヘ) 杆柱全長にわたつて目盛数・目盛欄・幅寸を同一幅に配記せしめうる。
(ト) 誤測の欠点を一挙に解決しうる。
4 被告は、別紙目録記載の製品(以下「イ号製品」という)を、業として製造販売している。
5 イ号製品の構成は次のとおりである。
A´ 横断面形状を小判形(両側を半円形の円弧とし、一方の円弧の両端から他方の円弧の両端へ直線にて連結してなる形。以下「小判形」という)に形成してなる杆柱の前面板の表面に目盛欄を配記し、
B´ これを伸縮自在に嵌挿連結せしめた、
C´ 測量柱。
6 本件考案とイ号製品の対比
イ号製品の構成B´、C´が本件考案の構成要件B、Cを充足することはいうまでもなく、イ号製品の構成A´も本件考案の構成要件Aを充足するが、その理由は次のとおりである。
まず、目盛欄の配記位置については、本件考案では杆柱の汎面部分、イ号製品では杆柱の前面板とその表現は異なるが、両者とも同一箇所である。次に、杆柱の横断面形状については、本件考案では楕円形状、イ号製品では小判形と、両者は一見相違するかのようであるが、小判形は楕円形状に含まれるのである。すなわち、
本件考案は、「通常、距離間隔の測定杆、樹高巾間の測定杆など所謂測量柱は横断面型状が真円、もしくは方型の形状にて形成されているがために該杆面に目盛欄を配記する場合太細管によつて目盛の大さを変えなければならず、且つ箱尺に於ては若干の変型で伸縮作動が全く困難なる欠点を有する。」ことに鑑み(本件考案の公報(以下「本件実用新案公報」という)1欄二一行目ないし二六行目)、この欠点を克服し正確な測量を行うために前記構成要件を採用し、これによつて前記作用効果を達成したのである。そして、本件考案にいう楕円形状については、「1はグラスフアイバーにて横断面型状を略楕円形状に形成せしめた中空杆」(同公報2欄、二、三行目)、又は「本考案に係る測量柱は杆柱の横断面型状を略楕円形状に形成してなる。」(同公報2欄一四、一五行目)と説明されている。
右に指摘のとおり、単に楕円形としないで「略楕円形状」と表示していることからすると、本件考案にいう楕円形状とは、幾何学上の楕円形に限られるものではなく、楕円形若しくは楕円形に近い形であつて、杆柱の前面板及び後面板の曲率が左右両側面板の曲率より小さく、全面板が段差なくなめらかに形成されているものの横断面の形である、と解すべきである。そして、イ号製品における小判形は、前面板及び後面板の曲率が零であつて、左右両側面板の曲率より小さいものであり、全面板が段差なくなめらかに形成されているものの横断面の形であり、その形は楕円形に近い形である、ということができる。
右のとおり、杆柱の横断面形状について、イ号製品における小判形は、本件考案における楕円形状に含まれるのである。なお、小判形の形状が楕円形状に含まれることは、本件考案の出願当時存在した実用新案公報等の各種資料によつて裏付けられるばかりでなく、一般社会での用語例からも肯定される。
してみれば、イ号製品の構成A´は本件考案の構成要件Aを充足するものである。
また、イ号製品の作用効果は本件考案のそれと同一である。
7 したがつて、被告は、イ号製品を業として製造販売することによつて、原告の有する本件実用新案権を侵害している。
8 被告は、イ号製品を業として製造販売することが本件実用新案権を侵害することになることを知りながら、若しくは過失により知らないで、昭和五四年四月ころからこれを製造販売している。被告製品の昭和五六年四月までの製造販売数は約一万四〇〇〇本であり、一本の価格は金九九〇〇円を下らないし、その利益は一本につき金二九〇〇円位である。したがつて、被告は合計約金四〇六〇万円の利益を得たものであり、原告は右と同額の損害を蒙つたものと推定される。
〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。
<省略>
登録意匠図
<省略>